諭吉佳作/menたち

書きたいことを書きたいように書くかもしれないし書かないかもしれません

夢 in 2020.1.12 のメモ

 駅のような建物の便所の前にいた。尿意は明確に表現されることなく、しかし目的を持って便所を目指したのだろうという認識だけはあり、気がついたら便所の前にいた。

 便所は洗練された見た目だった。洒落た温室のような部屋が、三つ建っていた。ガラスか何かでできた直方体の壁に、これまたガラスか何かでできた屋根は、ドームのように丸かった。周りは、白いタイルの手洗い場で、センスのよい観葉植物が至る所に設置されている。白と緑が美しかった。わたしはその清潔感にとても好感が持てるなと思った。

 なぜかその後に気がついた。温室風の直方体の壁の、側面の四辺には、はっきりとした色合いのラインが入っている。玩具に使われるプラスチックのようなかちかちした素材が、尖った辺を一段厚くしている。結局尖っているから、安全のために角を覆うなどの目的があるのではなくて、単にデザインのためらしかった。

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 三つの部屋にはそれぞれ青、緑、赤のラインが入っているが、中身は全て同じであるようだった。ガラスの壁は、向こう側が見通せるほどに透明で、中にはいくつかの洋式便器が見える。個室すらないようだ。しかし不思議と、それを不快には思わなかった。全てがあまりにもデザイン的だったからかもしれない。実用とはとても結びつかない見た目だった。

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 でもわたしが今この便所に求めているのは実用だったらしく、非常に困っていた。三つの部屋のうち、どれを利用すべきかわからなかったからだ。しかし、大体の予想はできた。公衆便所を表す有色のピクトグラムは赤と青の二色で構成されており、赤は女性用、青は男性用を表しているため(だなんてそんな証拠を持ち出さずとも世の常識として)、赤いラインが入っているのが女性用便所、青いラインが入っているのが男性用便所であるに違いなかった。では緑のラインは……?多目的トイレの進化形だ!

 わたしは嬉々として緑色のラインが入ったそれに飛び込みそうになった。わたしが知らないだけで、もうあるんだ!そう思いながら飛び込みそうになって、しかし、踏み止まった。敢えてここに入ったら、自分の立場と考えを表明するために緑の部屋を"わざわざ選んだ"ことになるのだろうか。そう思ったら、ついには青い部屋にも赤い部屋にも入ることができなかった。

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はかるな(今回は特に測られる種類の文章だと思うがはかるな)

2019.10.27の日記 渋谷駅

 銀色(本当に銀だっただろうか。何しろ気が動転していた)の髪と黒縁の眼鏡(本当にかけていただろうか。何しろ気が動転していた)、「イケイケ」という言葉に手足が生えたとでも言うかのような風貌(これは絶対そう)の、動画クリエイターを名乗る人に、渋谷駅で、「すみません」と声をかけられた。

 はじめ、その人が「すみません」と言っているのを見た時は「言われた」とは思わず、「誰かに何かを言っているな」という感じだった。まさかわたしに言っているとは思わなかったからだ。今考えると、もしかしたら、わたしに声をかけたのではなく、「すみません」と大きめの声で言ってみて、偶然立ち止まってくれた人を相手にしているのかもしれなかった。誰でもよかったのかもしれない。


「すみません」

「ナンパとかじゃないんですけど」

「ちょっと自己紹介してもいいですか」

「動画クリエイターの〇〇っていいます」

「お姉さんタイプだなと思って」

「素敵だなと」

「5年に一度くらいの出会いだと」

「学生ですか?」

「食事とか行けたらなと」

「下の名前教えてもらっても」

「また会いたいので」

「LINEだけ」


 東京ってのは、こういうのが普通にあるのか。渋谷駅で見ず知らずの人間にLINE交換を求める動画クリエイターの「タイプ」が俺であるはずはない。常習と見受けられるのに、もう少し信憑性のあることを言えないのだろうか。

 これについて行ったら待ち受けているのはなんなのか。スカウト詐欺?薬?高い壺?高い石のブレスレット?ただ知らない人に話しかけられるだけで大量の汗をかくわたしでも、そのくらい、ある程度の冷静さと、順当な自己評価を持っていた。

 それなのに、反面、声をかけられている間、わたしは自分のことを、白いボブカットの髪、赤いカラーコンタクトと赤系のアイメイクを施し、そして経済的に自立している、二十代後半の人間だと思った。洗練されたホワイト一色の服を着ていると思った。その体で話を聞いていた。話を聞きながら、どこかの端端でぶわあと頭の中と目の前がリセットされて、いや違う違う、俺は高校生だった、しかも髪の毛は焦げ茶色でちょっと伸びているし、目も赤くないし(メイクは赤いのでそこだけ合っている)、白い服も着ていない。そう思い直すのだった。

 わたしは悪意を持って迫ってきている人間(もしこれが実は本当に好意ありきのナンパだったとしたらわたしは心底感動するし喜ばしく思う)に対しても受け流すということができないらしく、おどおどするだけで、本当に小さな音量で「あ、や、いや……」と発する以外には声が出なかった。

 向こうには何個も言葉を話させたくせに、わたしはといえば、最後の最後に「地元じゃないので」「急いでいるので」の二言だけをやっとの思いで絞り出し、そそくさとその場から去った。

 そうして逃げ帰る間に、わたしの口は完全に曲がってしまった。にっこりしていた。なんとも言えない恥ずかしさに襲われていたのだ。早足で改札を抜けた。

 わたしは目的の電車に乗り込むと、すぐに母にLINEをした。もちろんたった今の経験を伝えるためだった。

 そうして一度冷静になって文章にしていると、都会では面白いことがあるものだなという気持ちと、こんなことは本当に馬鹿げているわという気持ちと、ガキだと舐められて悔しいという気持ちとで、心臓がどきどきした。汗にならない熱が風になって体から出てきた。

 あの瞬間、俺は馬鹿にされたのだ!悔しい!どうせ、このガキはきっと阿保だからありがちな言葉でちょっと煽てりゃ壺でも石でも買うだろって思われたんだ、ひどい!まったくひどい!

 一体何と返事をしたら効果(何の効果?)があったのだろうか。LINEを交換したらどうなったのか。何かうまい切り返しがあったのか。


 こんな、きっとよくあるエピソードを、二ヶ月も経った今わざわざ公開する。読み返してふと思った。この先もしも、道端ですれ違った相手を本当に好きになってしまった場合はどうすればよいのだろう。

 今回の人は嘘つきでも、もしかしたらわたし自身が誰かを引き止めたくなるかもしれないのだ。そう考えると、途端に真剣な顔をしてしまう。どうしたらその一瞬で、信憑性のある愛の告白ができるのだろうか。たぶん無理だ……

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諭吉佳作/menの本名は?調べてみました

 私は鈴木みゆという名前を本名に持っています。

 何故このタイミングで急に本名を書いてしまうのか。(これでもしも、本当はみんな知っていたが気を使って黙っていた、とかだったら怖い。)

 もちろん私は私を養ってくださっている大人にきちんと相談し、自分の思いを熱く(熱く?)伝えた。その上で書いた。

 熱い思いの内容を以下に。

 


 「鈴木みゆ」の名を、既に知っていた人がいるだろう。

 私が初めてライブを行ったのは「神谷宥希枝の独立宣言 ザ☆オーディションvol.10」というオーディション(vol.8のグランプリストは崎山蒼志 先生)の本選があった2018年3月であると設定している。

 私はそのオーディションに「鈴木みゆ」の名で参加した。それほど覚悟を持って参加したわけではなかったのに、一丁前に新しい名前をつけてしまうなんてことが恥ずかしいと感じられたからだった(このときの自分は名前に対しての考え方が今とは違う)。

 だからまず、そのオーディションを見ていた人は当然、私が鈴木であることを知っている。加えて、その話を又聞きした人や、その時期について残っている僅かな情報を掻き集めた人、掻き集めた人が書いたまとめ記事を読んだ人などは、私の名前を一つ多く知っていたということになる。

 なんてそれほど大仰なものの書き方をしなくてもよいのだが、わたしにとって今回のことは、わりと重大な決断である。

 なんと言っても、自分に諭吉の名をつけてからの私は、徹底的に本名を隠すよう努めてきた。何故知られたくなかったのかは今となってははっきりしない。はっきりしないくせに、その考えはどんどん強くなり、私の発想を偏らせた。本名を知られる可能性があるが故に、活動のきっかけ的な前述のオーディションについても、なるべく発言を避けるほどだった。

 しかし私は以前、「掻き集めた人が書いたまとめ記事」を見つけた。その記事には、しっかりとオーディションの情報と私の本名が記されていた。私はその記事に感心した。他の記事であれば私の本名なんてものは、「諭吉佳作/menは本名ではないそうです。本名が気になりますね〜」で諦められている部分だった。

 同時に、まずいなあとも思った。その、誰が書いたのかわからない、「調べてみました!」的な記事がどれだけの人間に読まれるのかは謎だが、インターネットの海に存在している以上、いつか誰かは必ず目にする。

 なぜ誰も望んでいないにもかかわらず(どちらかと言えば私自身も、わざわざ隠されていた名が急に明かされると興醒めすると思う)私が本名を書いてしまうのかと言うと、「ばれつつあるがまだ完全にはばれていない今の段階が、間抜けでない自白(別に罪を隠していたわけではないがわたしにとってはそのくらい大きい)をする最後のチャンスだから」である。

 今が間抜けでない自白をする最後のチャンスなのはわかるとして、そもそもなぜ自白が必要なのか。

 必要と判断した理由はいくつかあるが、どれもつながっていて、ひとつひとつを切り離しづらいから、雑多なままに並べていく。

 まず、外側から徐々にばれていって、「諭吉さん、本名隠してただろうに、ばれちゃったんだね(笑)詰めが甘いから(笑)いやいや大丈夫大丈夫、本名くらい、なんてことないよ(笑)」と思われたくなかったからだ。もちろん、周りの人間が皆一様に、こんな風に私を哀れむはわからない。

 上記のようなことを恐れているのだと他人に相談したら、そんなに細かいことを考える人はいないのでは、わざわざ自分から明かすことはないのでは、と諭された。めちゃくちゃごもっともだ。

 しかし何より、この時、一番に私を哀れむのは私自身だ。流出のような構図で本名が明らかになるのは、私にとって、好ましくなかった。意図しない形で本名がバレたとき、私は、「鈴木みゆという名はバレたくないものだった」という認識を確固たるものにしてしまう。

 逆のことも言える。もし本名がバレることがなかったとしても、私が本名を意図的に隠し続ける限りは「私にとって私の本名は人目から隠したいものである」という認識から逃れられないのだ。これはわたしが顔について考えていたときにも同じような結論に至った。

(↓ 市川 二郎 (私)による顔に関するツイート)

https://twitter.com/yukichikawa/status/1121427870323068929?s=21

https://twitter.com/yukichikawa/status/1121429319971033088?s=21

https://twitter.com/yukichikawa/status/1121429328707801093?s=21

 本名を隠そうとすることこそが、自分を本名によって苛ませる理由の一つになっていた。本名のことを考えたくないから本名を隠したつもりだったのにね!😖残念!😢

 


 とにかく、私は私のために、本名を隠すのをやめるということだ。

 本名なんて、隠す隠さないで悩むほど大きなことではない!今晒してしまえば、今後、ばれたくないと思うこともないし、どうでもよくなる!本名なんか、そんなに重きを置くような情報でもないのだ!……と自分自身が納得するためだけに、長い文章を書いている(本当に長いな。ここからも相当長いです)。

 無駄と思われるかも知れないが、私は私自身が納得するために時間を使っているのだ!それで実際にすんなり納得できるかどうかは別にして、「ちゃんと納得しています」というポーズを取り、次に、「ちゃんと納得していますというポーズを他人に見せることができます」というポーズをも取ることが、私にとって重要だ!

 (今思ったんですけど、これはプライドの高い人間の発想なのかもしれん〜🥺

 そういえば、昔、プライドが高い/低いという話をしたことがあった。小学2、3年生の頃だったと思う。大抵小学校低学年生の頃に「土下座」を通りますよね。クラス内での「土下座」の流行ありますよね。

 「私はプライドが高いから土下座などできません」と言う人の気持ちが全くわからず、「なんでだよ、土下座くらいできるだろ、俺は土下座くらいいくらでもしてやるよ〜」と思っていた。そのときの私はその感覚がつまりどういうことなのか説明できずに「自分はプライドが低いのだな」で片付けていた。(小学校低学年生はプライドの有無を測る場合大抵「土下座」を引き合いに出します。もうこれは決まっています。)

 しかし、それは、要は、「自分はこの高いプライドに見合う人間だ、と自負しているなら、たった一回の土下座ごときで自分の立場が揺らぐと考えるわけないだろ。むしろ土下座を軽々しく、余裕でぶっかましてこそ、プライドが高く保たれるだろうが!土下座なんていう心がなくてもできる動作に自分のプライド預けてんじゃねえよ」という馬鹿みたいに高いプライドの表れだったんだな、今思うと😢やば😖話戻そ🥺)

 


 昔から、名前をたくさん持つことに憧れがあった。それは必ずしも本名である必要はなかった。ペンネームやハンドルネームを考えては、いつかのためにと、名前のストックをしていた。

 自分で自分の名前をつけられることが、喜ばしかった。自分の名前を自分でつけたいという欲求と、自分をたくさん所有していたいという欲求(については2019年9月6日発売の 文學界十月号 で書いています。これをこうして文章にしたのは自分の考えと心を安定させていく上でとても重要だったと感じています。http://www.bunshun.co.jp/mag/bungakukai/bungakukai1910.htm#bk-purchase)によるものだっただろうか。そういう場で、ほかの名前に比べて本名が特別重要になることはなかった。

 だからこそ今回、私は、現段階で二つも晒している名前の中にであれば、本名を混ぜてやれると思った。あくまでも、私が持っている複数の名前の中に平等な重さで存在することを実感するには今がちょうどよいと思った。

 これまでは、どれだけ諭吉が頑張ったとしても結局のところ本当の自分(そもそも本当の自分ってなんやねんなという話でもある)は戸籍上の名前である鈴木のところにしか預けられないと思っていた(この預けるとか預けないとかの話も文學界でしました)。しかしどれも私が平等に欲している名前で、全部好きなように使ってよいのだ。土下座にプライドを預けるのも本名に大事なものを預けるのもやめたということだ。

 マジな話、学校のプリントに記名する時も、ちょくちょく「諭」って書きそうになるし、あと、この間学校で「諭吉佳作/menさんですか!?」って言われて失神するかと思ったし、そのくせTwitterにミユさんが現れると変な汗かいてくるし、世のジロウさんのことは同じ名前ですね!くらいに思っている節もあり、もう気にするだけ馬鹿らしいところまで入り込んできているなという感覚がある。

 ひとつだけ心配なのは、諭吉をやめたくなった時どうなるかなということだ。

 


 自己満足前提ではあるが、実際のところを言えば、自分以外の人がこの文章を読んでくれなければ効果が大きくないのは当然だ。しかし私が、この文章を読んだ人からの特定の反応を期待することはない。重複するが、やはり、わざわざ自分から本名を明かした文章が誰かの目に触れるという事実が大切なのだ。

 特定の反応を期待することはないと書いたが、特定の反応を嫌うことはあります。例えば、私の本名を私の弱点のように扱ってくる人がいたとすれば、私はその人のことを無視します。「諭吉」に向かって鈴木の名前で呼んできたらそれもやっぱり無視するかもしれない。

 


 散々「隠さなければ」「バレたくない」などと書かれてきた「鈴木みゆ」という名前、「名付け親に対して失礼だ」とか「この世にいらっしゃるスズキミユさんに失礼だ」とか思われたらどうしようと不安になったので念のため書いておきます。

 私が名前を隠していたのは「鈴木みゆ」という名前が嫌だったから知られたくなかったのではなくて、自分の名前を知られたくなかったのが理由です。自分がどんな名前であろうが同じだったと思います。

 では私が「鈴木みゆ」という名を気に入っているのかと言うと……「鈴木」と言うのはあまりにもたくさんいるせいで、正直、全然好きじゃない。「鈴の木」だなんて、本来とても美しい言葉のはずなのに、「たくさんいる、見本のような苗字である」という先入観がその先を考えさせない。鈴木同士で話をすれば、「鈴木って結構嫌だよね」という話題になることもある。

 でも「だから隠したのか」と聞かれれば、そんなはずはないと断言できる。

 


 余談ですが(わざわざ注釈を入れるには今更過ぎる)。

 ある音楽家の方に本名を教えた時、「諭吉さんの苗字が鈴木なのは意外だ。陰陽師とかかと思ってた」と言われたことがある。「陰陽師」という苗字はないのに、「オンミョウジ」という語の中に「ミョウジ」が入っているのは、何かよくわからないけど感じがよい。私が陰陽師っぽいか否かは私には判断できないけれど。

 

 

 

いかがでしたか?

諭吉佳作/menさんの今後の活動も気になりますね⭐︎

注目していきましょう!

夢 in 2019.11.7 のメモ

 

 飛行機のような、空を飛ぶ乗り物に乗ることになった。認識としては空を飛ぶために乗っているという感覚で間違い無いのだが、その内装は乗用車に近い新幹線といった雰囲気で、あまり緊張の感じられないような(そもそも飛行機に乗り慣れている人からすれば緊張もしないのであろうが、わたしは飛行機に乗ったことはまだ一度もない)視界だった。とはいえわたしはしっかりと緊張をして、重たいものが空に浮かぶということがどういうことなのか、ぞくぞくしていた。

 後ろ二席には知り合い(母と、もう一人は歳の近い人、架空の人物だった)が座っており、わたしは頻りにそちらを振り返り、二人に手を重ねてもらい、恐怖心を打ち消そうとしていた。

 乗り物はトンネルに入ったり出たりしていた。

 やがて明らかに乗り物の走行速度が上がり、びゅんびゅんと音を立てるようになった。そこからはもう、ジェットコースターだった。

 ぱっと前を見ると、いつの間にか進行方向がガラス張りになっており、バスのような開放的な状態になった。先の線路が見えており、それがジェットコースターのように山形になっているのが、もう瑞々しく見えている。(線路が見えているので、確実に飛行機ではない。)

 ぶわと尻が浮き、尻から背筋へさーっと冷たいものが流れていった。寒気です。山形の線路の上で、一瞬車輪が線路から離れ、跳ねたようだった。また真っ直ぐな線路に着地したと思ったらまた山形になって、バウンドするように跳ねては着地し、を四回ほど繰り返した。

 四回も跳ねたわけだし、もういよいよ飛ぶのだと思い(線路があったのに、やっぱり空を飛ぶ乗り物だと思っている)、後ろの二人の手をわさわさ撫でくりまわした。

 前方の窓から、空に続いていくような角度の線路が見え、それに伴って強くなるしゅんしゅんという音に、わたしは本格的に身構えた。大きな車体が空へ上っていく。理解のできない状況と速さと音と、頭がおかしくなりそうだった。

 わたしの中で一番う、と力んだ瞬間があり、それを境に目の前はふぁっと景色を変えた。わたしはトンネルの中を走行する乗用車の後部座席に乗っていた。運転席には父が座っており、その他の席にも家族が乗っている。やがてパーキングに行き止まった。目の前にも同じような乗用車が順番待ちをしており、機械(パーキングによくある、観覧車のような仕組み?の、吊られた台に車を乗せ、それがくるりと回り、次の台に車を乗せ、またくるりと回るやつ)に、父は車を乗せようとした。わたしはこれがなんなのかわからなかった。

 


 (上記の夢の前にみた気もする。)

 O.Mさん(知り合いではない、わたしが勝手に向こうを知っているだけ、有名人?、まあまあ歳が近い)の声がとても高くて、そうなんだ、と思った。

 Mさんと、Mさんの知り合いであろう数人と、住宅街の静かな道路を歩いていた。何か目的を持って歩いているようだったが、わたしはそもそも(なぜか)Mさんの紹介でそこに紛れ込んだような形で、他の人たちのことは全く知らなかったし、どこに向かっているのかもわからなかった。ただ、わたし以外の全員はみな「マブダチ」みたいな感じ(「友達」と言うのとも違う、「マブダチ」感があった)だったので、わたしは疎外感を持ち、大変恐縮した。

 しばらく歩いていると、Mさんとその仲間の一人(長髪)が喧嘩を始めた。理由も、やっぱりわからなかったが、やがて取っ組み合いになって一方が一方を地面に叩きつけたり(どちらがどちらだったか、お互いだったか、忘れた)し始めた。

 わたしは、こんなことになるんだったら早く帰りたい、と感じ始めていた。

 

 

はかるな

(嘘)大トロ・インターネット

‪昨日おれが気持ちを込めて耕した畑へ、今日また作業に行ったら、なんと一晩のうちに、大トロ・インターネットが生い茂っていた。おれは呆然とうっとりとを交互に3回ずつやった。繋がりあった脂質や艶やかな色は非常に立派なもので、そういったことに疎いおれから見ても上物と思われたが、そもそもおれには大トロ・インターネットを栽培するつもりなど毛頭なかったし、いまおれが走らせてきた軽トラックには、たしかに、今日植えるつもりだった九条葱の種が積んである。おれは九条葱を育てたくて、この町へ越してきたのだ。

‪さて、この大量の大トロ・インターネットをどうするべきか。おれにはわからなかった。誰がこんな、手の込んだことを。おれの畑なのに。昨日の昼間おれは、九条葱のために、ふっくらとした土を作り上げた。おれがしたのはそこまでだった。それからたった今までの間に大トロ・インターネットがこんなにたくさん生えてくるなんて、人為的な何か以外にはあり得ないし、例え実際にそうであったとしても、意図がわからない。おれの畑なのに。

‪とりあえず、おれの知人に、大トロ・インターネットに詳しい人間がいなかったかと、記憶を辿った。……そう言えば、おれが高校3年目(おれは留年をしていた)の時の担任は、大トロ・インターネット農家をやるために、たしか、その次の年に教職を離れた。しばらくした時、質のよい大トロ・インターネットをたくさん生産して先生はかなり儲けているらしいんだという話を、おれは一個下の田町くんから聞いていた。

‪おれは先生のことがけっこう好きだった。先生を辞めて大トロ・インターネットを育てようと考えるくらいだから、今おれの前に立ち塞がる不可解な問題についても、何か力になってくださるのではないかと、ふんわりとした期待を抱いた。

‪しまった!おれが先生の連絡先などを、知っているはずがなかった!

‪がっくりと項垂れ、頭が真っ白になったが、かわいいかわいいおれの畑が他人に侵されていることを考えてこうもしていられないと思い、おれは畑の脇の道路へ停めた軽トラックに乗り込んだ。それから、深呼吸をした。鞄に入っていたiPhoneを手に取って、おれはどきどきしながら、検索窓に「大トロインターネット 勝手に生える」と打ち込んだ。読み込みの達成率を画面上部の青い線が表すが、それはちびちびと、おれにばれないようにしているみたいな速度だった。おれは急にいらいらしてきた。速度制限がかかっているはずはない。今日は一日だ。あり得ない。不安に腹が立ち、奥歯で何か硬いものを捻り潰したくて仕様がなくなった。どうしておれの畑がこんな目に合うのだ。誰が何を目的に大トロ・インターネットなんか、しかも人様の畑に!そもそも、おれは、どうして畑を買ったのだ?なぜ先日のおれは、あんなにほくほくと湧き立つ気持ちで、九条葱の種を買ったのだ?葱は好きだけれど、だからって何も、自分で育てることないじゃない!そのためだけに、おれは、ここに越してきたのか?いけない、苦しくていけない。何か楽しいことを考えるべきだ。おれが貧乏ゆすりをしながらもふもふの羊をイメージしていると、強く握りしめていたiPhoneがけたたましい音を発した。電話だ!知らない番号だ!しかしおれはすぐに応答した。そして確認もせずに叫んだ。

‪先生!大トロ・インターネットが大変なんです。何か知っているんじゃないんですか。

‪強い言い方をしたことを悔いたが、相手はやっぱり先生だったから、安心した。先生はおれの身に起きていることを知っていたかのように、おれの中途半端な言葉を冷静な態度で包み込んだ。

‪先生はおれに、まずは大トロ・インターネットが本物かどうか確かめなさいと言った。本物の大トロ・インターネットは、赤色、青色、緑色の三色の根がまっすぐ生えており、隣り合う茎どうしがぐちゃぐちゃと絡み合うという性質を持っているらしい。他にもいくつか特徴はあるが、それがわかっていれば大丈夫だろうとのことだった。三色の根はまだしも、偽物ならば絶対に茎が絡まないという保証はどこにもないじゃない……と思いながら、それでも先生にお礼を言って、電話を切った。どうして先生から電話をかけてきたのかはわからなかった。おれは軽トラックを降りた。

‪何度瞬きをしても大トロ・インターネット(仮)畑と化している、おれの畑に、おれは昨日ぶりに足を踏み入れた。しかし、もはや昨日と同じ場所に立っているとは思えなかった。目の前の大トロ・インターネット(仮)たちは、絡み合いながら高く伸びている。本物だ。ポケットにしまっていた軍手をつけると、おれは大トロ・インターネット(仮)たちの中にしゃがみ込んだ。その中の一本を適当に選び、茎を握って、手始めに、軽く引っ張ってみた。びくともしなかった。今度は、まわりの土を少し掘り起こしてから、あるだけの力を込めて引っ張った。それでもなかなか難しいので、体液という体液が頭部に集結して溢れ出しそうだと感じるほど、強く引っ張った。すると、まわりの三、四本が、一斉にばしゃばしゃと土から出てきた。少し唐突で驚いた。それらの根は、言われた通りの三色だった。植物には考えられない色合いに、おれはほう、とすっかり見入ってしまった。ちょっと良いかも、とすら思い始めた。しかし、一斉に抜け出たことからもわかるように、それらの根は絡み合っていた。偽物だ……。先生は、根はまっすぐ生えていると言っていた。

‪心臓が一切の熱を失ってしまったようだ。なぜかおれは、裏切られたような気持ちになっていた。おれは九条葱を育てるためにわざわざこの町に来て、畑を買い、耕し、種を買い、それなのに、人様の畑に勝手に植物を植える人間が現れ、苛立ち、九条葱へのモチベーションすらも奪われようとしていて、そしてまさか植わっていた植物が大トロ・インターネットの偽物だなんて……。

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諭吉「縫いたい^ ^」

わたしが裁縫をする時、大半は「ああ面倒だ面倒だ、早くこの辺が終わらないかな。そして次の辺も終わらないかな。そしてそのまた次の辺も終わって、早く完成しないかな」と思っている。過程を楽しいと感じることはあっても、縫うこと自体をやりたいと思うことはない。これまでの人生に一度でも「縫いたい!」と感じたことがあったかと振り返るが、どんな些細なエピソードだって思い出すことはできない。

強いて言うならば、これは縫うこと自体を楽しむこととは異なるように思うが、小学校の授業では、もう少し快く裁縫をしていた。

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青いフェルト生地一枚、全員に配られた。それ以外の材料は家から持ってくるようにと言われ、以前からフェルトを縫って遊んでいたわたしは、数枚のフェルト生地を学校へ持参した。青いフェルト生地は、ちょっとしたキットの中に入っているもので、作り方の例を示す紙と一緒に、手元に配られた。折ったり縫ったりすることで、生地を一度も裁断せずに、ベストサイズのティッシュケースが作られるというものだった(ような気がする。一体何年前の記憶なんだ)。小学校の教室、真面目に裁縫をしたい人間はほとんどおらず、特に熟考することなくティッシュケースを作る者が多かった。一方わたしは、自分は何を作るべきであるかと、大変な思考をした。衣服のミニチュアを作ろうかとか、もういっそティッシュケースでもよいのじゃないかとか、とにかく考えた。何故そうなったか記憶にないが、最終的に、ランドセルのミニチュアを作った。みんな同じように持っている青いフェルト生地と自ら持参した白いフェルト生地を使い、小学生にしては丁寧に拵えたと思う。

生徒のそれぞれの作品(家庭科の授業で作ったものだから、作品と言うよりは生活のため、という感じだ。実際、ほとんどの人が作ったのが実用的なティッシュケースだった。)を、廊下に掲示するための透明なポケットに入れる。ランドセルのミニチュアとかいう立体的なものを作ってしまったばかりに、わたしのポケットだけ膨れ上がり、むしろランドセル側が若干潰れていた。

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夢 in 2019.8.23 のメモ

2019年8月23日にみた夢のメモ。

 

 

就寝〜

 

 

    旅館のようなところへ入った。おそらく、小学生時代の特に知らない知り合いたちと旅行へ来ている(修学旅行っぽい)。

    一人で大浴場に入り、熱いシャワーを体へ流していると、急に知り合いの一人が入ってきた。その人はわたしに無理なお願いをしてきたが、なぜかわたしはそれを、ちょっとどぎまぎするだけで受け入れ、実行した。

 

    真夜中になっていた。

 

    大浴場を出ると、少し行った先の扉の隙間から、幽霊がこちらを覗いていた。わたしは本当に驚いて恐ろしい気持ちになったが、よく見ると、グロテスクなまでの化粧を施した、旅行のメンバーの一人であることがわかった。いたずらが成功して無邪気に笑うその人は、「あいつにやれと言われた」と言って左手を差し出した。その先には 野原しんのすけ が立っていて、いつになく(いつテレビでアニメを見た時よりも)真面目な顔をしていた。

 

    少し進むと、旅行のメンバーであろう見覚えのない人に「私たち窓係でしょう!」と呼び掛けられ、なぜか旅館の窓をひたすら閉じることになった。内側にある障子のような扉を開け、窓の鍵を閉めてからまた扉を閉める。時間がない中素早くそれを繰り返していたのだが、急に相手が焦り始めた。異常に切羽詰まった様子で、「早く戻らないと先生に怒られる!」と叫びながら、折角閉じた窓を全て開けていった。わたしも、「早く戻らないと先生に怒られる!」という気持ちになり、ばきばきに開いた窓を無視して逃げ出した。雨が降り込んだ。

 

    朝になったらしい。

 

    おはようございますという気持ちで開けた扉の先に廊下があり、その木の廊下には謎の色付きのパーツ(プラスチックの破片らしき)が散乱しており、それを、旅行メンバーであろう知らない人二人が紫色の座布団で覆うように隠していた。パーツは赤、ピンク、黄、黄緑の色があり、どれもビビッドな発色だった。

    わたしがこれは何なのかと尋ねると、廊下のまた先にある扉が開き、その向こうに、これまた知らない人が胡座をかいていた。その人の頭上にはゲームのような表示(モニター?)が付いており、フェラーリが映し出されていた。聞く話によると、その人は自らの所有するフェラーリで何かをやらかしたらしく、それを隠蔽するためにあのパーツが必要らしい。みんな、隠蔽に協力しているらしかった。

    誰かが、お前のフェラーリは何色なんだと尋ねると、所有者は「俺のは緑なんだよな」と、黄緑色のパーツを指差した。フェラーリを黄緑色にすることなんてあるのか?と思いながら、所有者の頭上の表示を見ていた。

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〜起床

 

 

 

測るな