諭吉佳作/menたち

書きたいことを書きたいように書くかもしれないし書かないかもしれません

2019.10.27の日記 渋谷駅

 銀色(本当に銀だっただろうか。何しろ気が動転していた)の髪と黒縁の眼鏡(本当にかけていただろうか。何しろ気が動転していた)、非常に垢抜けた風貌の、動画クリエイターを名乗る人に、渋谷駅で、「すみません」と声をかけられた。

 はじめ、その人が「すみません」と言っているのを見た時は「言われた」とは思わず、「誰かに何かを言っているな」という感じだった。まさかわたしに言っているとは思わなかったからだ。今考えると、もしかしたら、わたしに声をかけたのではなく、「すみません」と大きめの声で言ってみて、偶然立ち止まってくれた人を相手にしているのかもしれなかった。


「すみません」

「ナンパとかじゃないんですけど」

「ちょっと自己紹介してもいいですか」

「動画クリエイターの〇〇っていいます」

「お姉さんタイプだなと思って」

「素敵だなと」

「5年に一度くらいの出会いだと」

「学生ですか?」

「食事とか行けたらなと」

「下の名前教えてもらっても」

「また会いたいので」

「LINEだけ」


 東京ってのは、こういうのが普通にあるのか。渋谷駅で見ず知らずの人間にLINE交換を求める動画クリエイターの「タイプ」が俺であるはずはない。常習と見受けられるのに、もう少し信憑性のあることを言えないのだろうか。

 これについて行ったら待ち受けているのはなんなのか。スカウト詐欺?薬?高い壺?高い石のブレスレット?ただ知らない人に話しかけられるだけで大量の汗をかくわたしでも、そのくらい、ある程度の冷静さと、順当な自己評価を持っていた。

 それなのに、反面、声をかけられている間、わたしは自分のことを、白いボブカットの髪、赤いカラーコンタクトと赤系のアイメイクを施し、そして経済的に自立している、二十代後半の人間だと思った。洗練されたホワイト一色の服を着ていると思った。その体で話を聞いていた。話を聞きながら、どこかの端端でぶわあと頭の中と目の前がリセットされて、いや違う違う、俺は高校生だった、しかも髪の毛は焦げ茶色でちょっと伸びているし、目も赤くないし(メイクは赤いのでそこだけ合っている)、白い服も着ていない。そう思い直すのだった。

 わたしは悪意を持って迫ってきている人間(もしこれが実は本当に好意ありきのナンパだったとしたらわたしは心底感動するし喜ばしく思う)に対しても受け流すということができないらしく、おどおどするだけで、本当に小さな音量で「あ、や、いや……」と発する以外には声が出なかった。

 向こうには何個も言葉を話させたくせに、わたしはといえば、最後の最後に「地元じゃないので」「急いでいるので」の二言だけをやっとの思いで絞り出し、そそくさとその場から去った。

 そうして逃げ帰る間に、わたしの口は完全に曲がってしまった。にっこりしていた。なんとも言えない恥ずかしさに襲われていたのだ。早足で改札を抜けた。

 わたしは目的の電車に乗り込むと、すぐに母にLINEをした。もちろんたった今の経験を伝えるためだった。

 そうして一度冷静になって文章にしていると、都会では面白いことがあるものだなという気持ちと、こんなことは本当に馬鹿げているわという気持ちと、ガキだと舐められて悔しいという気持ちとで、心臓がどきどきした。汗にならない熱が風になって体から出てきた。

 あの瞬間、俺は馬鹿にされたのだ!悔しい!どうせ、このガキはきっと阿保だからありがちな言葉でちょっと煽てりゃ壺でも石でも買うだろって思われたんだ、ひどい!まったくひどい!

 一体何と返事をしたら効果(何の効果?)があったのだろうか。LINEを交換したらどうなったのか。何かうまい切り返しがあったのか。


 こんな、きっとよくあるエピソードを、二ヶ月も経った今わざわざ公開する。静岡県にいるからなのか子供だからなのかわからないが、今までには一度だって経験しなかったことだった。

 読み返してふと思った。この先もしも、道端ですれ違った相手を本当に好きになってしまった場合はどうすればよいのだろう。

 今回の人は嘘つきでも、もしかしたらわたし自身が誰かを引き止めたくなるかもしれないのだ。そう考えると、途端に真剣な顔をしてしまう。どうしたらその一瞬で、信憑性のある愛の告白ができるのだろうか。たぶん無理だ……

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