諭吉佳作/menたち

書きたいことを書きたいように書くかもしれないし書かないかもしれません

(嘘)大トロ・インターネット

‪昨日おれが気持ちを込めて耕した畑へ、今日また作業に行ったら、なんと一晩のうちに、大トロ・インターネットが生い茂っていた。おれは呆然とうっとりとを交互に3回ずつやった。繋がりあった脂質や艶やかな色は非常に立派なもので、そういったことに疎いおれから見ても上物と思われたが、そもそもおれには大トロ・インターネットを栽培するつもりなど毛頭なかったし、いまおれが走らせてきた軽トラックには、たしかに、今日植えるつもりだった九条葱の種が積んである。おれは九条葱を育てたくて、この町へ越してきたのだ。

‪さて、この大量の大トロ・インターネットをどうするべきか。おれにはわからなかった。誰がこんな、手の込んだことを。おれの畑なのに。昨日の昼間おれは、九条葱のために、ふっくらとした土を作り上げた。おれがしたのはそこまでだった。それからたった今までの間に大トロ・インターネットがこんなにたくさん生えてくるなんて、人為的な何か以外にはあり得ないし、例え実際にそうであったとしても、意図がわからない。おれの畑なのに。

‪とりあえず、おれの知人に、大トロ・インターネットに詳しい人間がいなかったかと、記憶を辿った。……そう言えば、おれが高校3年目(おれは留年をしていた)の時の担任は、大トロ・インターネット農家をやるために、たしか、その次の年に教職を離れた。しばらくした時、質のよい大トロ・インターネットをたくさん生産して先生はかなり儲けているらしいんだという話を、おれは一個下の田町くんから聞いていた。

‪おれは先生のことがけっこう好きだった。先生を辞めて大トロ・インターネットを育てようと考えるくらいだから、今おれの前に立ち塞がる不可解な問題についても、何か力になってくださるのではないかと、ふんわりとした期待を抱いた。

‪しまった!おれが先生の連絡先などを、知っているはずがなかった!

‪がっくりと項垂れ、頭が真っ白になったが、かわいいかわいいおれの畑が他人に侵されていることを考えてこうもしていられないと思い、おれは畑の脇の道路へ停めた軽トラックに乗り込んだ。それから、深呼吸をした。鞄に入っていたiPhoneを手に取って、おれはどきどきしながら、検索窓に「大トロインターネット 勝手に生える」と打ち込んだ。読み込みの達成率を画面上部の青い線が表すが、それはちびちびと、おれにばれないようにしているみたいな速度だった。おれは急にいらいらしてきた。速度制限がかかっているはずはない。今日は一日だ。あり得ない。不安に腹が立ち、奥歯で何か硬いものを捻り潰したくて仕様がなくなった。どうしておれの畑がこんな目に合うのだ。誰が何を目的に大トロ・インターネットなんか、しかも人様の畑に!そもそも、おれは、どうして畑を買ったのだ?なぜ先日のおれは、あんなにほくほくと湧き立つ気持ちで、九条葱の種を買ったのだ?葱は好きだけれど、だからって何も、自分で育てることないじゃない!そのためだけに、おれは、ここに越してきたのか?いけない、苦しくていけない。何か楽しいことを考えるべきだ。おれが貧乏ゆすりをしながらもふもふの羊をイメージしていると、強く握りしめていたiPhoneがけたたましい音を発した。電話だ!知らない番号だ!しかしおれはすぐに応答した。そして確認もせずに叫んだ。

‪先生!大トロ・インターネットが大変なんです。何か知っているんじゃないんですか。

‪強い言い方をしたことを悔いたが、相手はやっぱり先生だったから、安心した。先生はおれの身に起きていることを知っていたかのように、おれの中途半端な言葉を冷静な態度で包み込んだ。

‪先生はおれに、まずは大トロ・インターネットが本物かどうか確かめなさいと言った。本物の大トロ・インターネットは、赤色、青色、緑色の三色の根がまっすぐ生えており、隣り合う茎どうしがぐちゃぐちゃと絡み合うという性質を持っているらしい。他にもいくつか特徴はあるが、それがわかっていれば大丈夫だろうとのことだった。三色の根はまだしも、偽物ならば絶対に茎が絡まないという保証はどこにもないじゃない……と思いながら、それでも先生にお礼を言って、電話を切った。どうして先生から電話をかけてきたのかはわからなかった。おれは軽トラックを降りた。

‪何度瞬きをしても大トロ・インターネット(仮)畑と化している、おれの畑に、おれは昨日ぶりに足を踏み入れた。しかし、もはや昨日と同じ場所に立っているとは思えなかった。目の前の大トロ・インターネット(仮)たちは、絡み合いながら高く伸びている。本物だ。ポケットにしまっていた軍手をつけると、おれは大トロ・インターネット(仮)たちの中にしゃがみ込んだ。その中の一本を適当に選び、茎を握って、手始めに、軽く引っ張ってみた。びくともしなかった。今度は、まわりの土を少し掘り起こしてから、あるだけの力を込めて引っ張った。それでもなかなか難しいので、体液という体液が頭部に集結して溢れ出しそうだと感じるほど、強く引っ張った。すると、まわりの三、四本が、一斉にばしゃばしゃと土から出てきた。少し唐突で驚いた。それらの根は、言われた通りの三色だった。植物には考えられない色合いに、おれはほう、とすっかり見入ってしまった。ちょっと良いかも、とすら思い始めた。しかし、一斉に抜け出たことからもわかるように、それらの根は絡み合っていた。偽物だ……。先生は、根はまっすぐ生えていると言っていた。

‪心臓が一切の熱を失ってしまったようだ。なぜかおれは、裏切られたような気持ちになっていた。おれは九条葱を育てるためにわざわざこの町に来て、畑を買い、耕し、種を買い、それなのに、人様の畑に勝手に植物を植える人間が現れ、苛立ち、九条葱へのモチベーションすらも奪われようとしていて、そしてまさか植わっていた植物が大トロ・インターネットの偽物だなんて……。

f:id:ykcksk_men:20191101193120j:image