諭吉佳作/menたち

書きたいことを書きたいように書くかもしれないし書かないかもしれません

夢 in 2019.1.10 のメモ +みつめる

2019年1月10日にみた夢のメモのスクリーンショット

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(Twitterにて再三「これは絶対にあげてはいけない」と言い続けた1月10日の夢です。大した夢ではない。

次の夢を上げたときの時系列の整列ための保管。の、の、の、の……)

 

 

 

起床後、夢を覚えていられて、その上で書き記してあげられる機会というのは非常に貴重である!わたしこれが悲し嬉しいね……😂

みつめる  (思ったことから順に)

    最近では、夢を見ることすらなくなってしまった。いや、もしかしたら実際には見ているのかもしれなかったが、それを文字に起こせるほど記憶していられることはめっきり減ってしまったと感じる。

諭吉佳作/men on Twitter: "久しぶりに文字にできるような夢を見られた 最近は夢が枯渇していたので嬉しい"

    夢の仕組みみたいなものはまったく知らないし、興味も湧かない(基本、わたしはそういった医学的/科学的、根本にある理屈などを知りたがることができない。)のだが、そもそもわたし、夢が大好き!

    「わたし、夢が大好き!」だから、夢の実感がないこの頃を不安に思っていた。

    純粋な非日常は夢の中にしかないと思っている節がある。最後に頼りたい発想源は夢の中だけにあって、それ以外から出てくるものは全部夢には劣っていると思っている。

    わたしが頑張って考えたわけじゃないのに、勝手に夢は面白い。その上、わたしのものとして話すことができる。なぜか、わたしの夢はわたしの手柄らしかった。

    起きている間に自分が想像できることは限られているし、整理をつけられる頭で何を空想したとて「こんなものはきっとつまらない……」とすぐに切り捨ててしまうが、夢というのはそもそもおかしくて、変で、本当に嫌だったり本当に嬉しかったりするから無条件に面白い(……というのは従来の話で、最近は面白い/面白くない以前にみることすらほとんどないのだが、でもだからこそ、たまにみて、覚えていられた夢がとてつもなく嬉しい。それが別段面白くない夢でも、何か意味があってここに書き記しているのだという気持ちになるし、「自分でわざわざ考えた」のではないから、そもそも面白くなくても許される気がする)。

    面白い夢をみられた日は、「わたしの脳は枯れてなどいなかった!まだ自由な出し入れが効かないだけで、ここには豊富な情報が眠っているのだ!と思う。実際にはどうなのかわからないが、そう思って生きている。

諭吉佳作/men on Twitter: "夢に大きな可能性を抱くことが多い(反対に怖い夢はいつまでも引きずるし本当に苛まれる) わたしの発想源のありかは最終的には眠っている間の夢にしかないのではとすら感じるから、最近は恐ろしかった"

 

    ブログでは、みた夢を書き出した後、登場したものの出自を考えている。どうして夢に出てきたのかを予想する。昔はなんの脈絡もなく登場するモチーフが多かったように思うが、最近は、その日接した人がそのまま夢に出てきたりする。だから予想が簡単だ。ただこれは夢が枯れて単純化しているとも取れるし、何よりこうして安易に「発想源」の発想源を解くことは、わたしの夢への憧れを、夢と現実の間にあった薄く白い膜を、取り去ることかもしれなかった。

夢 in 2018.11.22 のメモ - 諭吉佳作/menたち

 

    少し前のわたし、怖い夢をみたくなさすぎて、頑張って夜をひたすらに起きていた時期があった。それはだんだんと派生して、夢だけでなく眠ることや夜自体が嫌になってしまった。朝がよくて、普通に生活をしても、夕方から恐ろしくなり始めて、夜を想像しては本当に何処かに消えてしまいたいと思い、ついに夜が来て、しっかりと眠気があるのにもかかわらずそこで寝ることはできずに、というより絶対に眠りたくない!と思っており、明るいテレビをつけて気分を変え、しかしカーテンの外が黒であることを想像してまた気が滅入り、なんで夜なんか来るんだ!暗いなんて不便だろう!怖い!誰も夜を望んでいない!眠るのもおかしい!その間自分で行動を制御できないだなんて狂っている!最悪だ!怖い!この瞬間、この国に住む多くの人間が部屋を暗くして、布団に入り、目を閉じ、自由でない頭の中で変な行動をしている!怖い!誰も望んでいない!望んでいない!と思い、時計を何度も確認し、うとうとして、でも寝たら死ぬ!と思いながら(絶対にいけないが)ミンティアを食い、画面ばかり見ていたらよくないわと急にブルーライトを気にして絵を描き始め、でも頭も働かないし眠いし眠りたくない………………………今のわたしはそれをしばらく味わっていないから、こんな余裕なことが言えるのだ。というよりは、悪い夢も良い夢も平等に尊いと思い込もうとしているのだろうか……と思ったが、わたしはいまだに、眠る直前にたくさん愉快な音が鳴っていないと眠れない、わかりやすい光源がないと眠れない、「眠る部屋」という趣の場所では眠れない。わたしは休養を取ろうとしているだけだ。眠るなんて……でもそこに夢は?

 

    にしてもやはりここ最近の夢の枯れ方は深刻で、夢をみているのかいないのかわからないし面白くもないしようやくみたと思ったら悪夢だったりもする。夢を恐ろしく思っている人を見ては、わたしも悪夢を思い出す。夢は自分で整列をさせられないからこそ面白く、恐ろしい。

夢ってなんなんだ、多分調べればわかるんでしょうし調べないし全然知りたくないし