諭吉佳作/menたち

書きたいことを書きたいように書くかもしれないし書かないかもしれません

2018/men②

2019.02.23  21:41:04 投稿

 

 

    2018/men①の続きです。ライブのことを書きます。

 

●ライブ

    たった一年の間に、色々なことができた。これはわたしの力ではないが、結果的に、なんとかこなしたのはわたしだから、わたしも褒めたい。楽しかったね。


    これは、みんながみんなわかっていることだろうけれど、他人の作った流れに乗っかることができたというのがあるんだよね。面白い立場にお邪魔させてもらったと感じる。ありがとうございます。そして何より、ライブをたくさんさせていただいた、本当にありがとうございます。本当にありがとうございます。嬉しいことです。

    しかし、何にしても友人ができたということは素晴らしいな、何にしても。(ちなみにわたしは「何にしても」を「なんにしても」と読んでおり、めちゃくちゃ軽いテンションで使っている。頻発する。)

 

    初めてのライブであった4月1日から今年最後のライブの12月16日までを、ほとんど自分が考えていたことのみの視点で振り返る。ライブが上手くいったいかなかったというのは書かない、何を書くかわからない、やたら長文であることだけは確かだと思う。

    何故か他人の名前を出すことを避けている。別に言えばいいのだろうけれど、なんとなくあれなので。

 

 

4月1日 

掛川道の駅】

    初めてのライブ。同年代のシンガーソングライター2人に出会う。厳密にはその内の1人とは3月に話をしていて、2度目。何度も言うが、「ライブ」という形は初めてだった。3曲やった。

    道の駅の建物の一部の横で、ライブだった。その建物というやつの後ろで出演者は待っていたのだが、勝手のわからないわたし、色気付いて、リップロールをした。ぷーぷーと、ライブ前はいつもこうして準備体操を、という趣にしてみた。それは、ただの景気付けであった。実際、成果は出なかったと思う。本番は口全体がもつれ、まゅみゃみゃーというような具合であった。しかし後から「彼女」に聞いた話、「リップロールしてたから、経験ある人なんだなと思ってた」だそうだ。わたしは案外俳優だったかもしれない。

    最近のライブよりよっぽど喋った。


4月29日 クリエート浜松

【はままつアコースティックライブ vol.5】

    2人と2度目(3度目)の共演。とても白くて、とてもよい場所だった。

   何をしたらよいかわからなくて取り敢えずCD音源をPAさんにびくびく震えながら渡した。(今ではそのPAさんを「PAさん」と呼ぶこともないが。)とにかく何もわからなかった。そもそも、浜松という地に足を踏み入れることすら、今までには殆どなかったわけで、外国か?と終始首を傾げながらの行動だった(というのは完全に嘘だが浜松に全く馴染みがなかったのは本当)。


5月3日 遠鉄Anyビル

【ウタニワ~歌庭~】

    お洒落な、屋外。年下の人と共演したことはなかったし、これ以降もなかったように思うが(年齢をそれほど意識していないので実際はわからない)、彼らはすごかったなと思う。というような方々がいた。わたしは今のところ、どこに行っても最年少、というようなことが多いから、都合が良くも悪くもある。この日は同年代も多かっただけに、ちょっと、爽やかな若者らの雰囲気をいただけた。わたしが若者であるとかないとかそういうことではなく、普通にしているとわたしはそういった交流を本気で忘れる。


6月17日 浜松駅サンクンガーデン

【OTOZONO~音苑~】

    初めてトップバッターだった。椅子とオイルタイマーを使った。それが楽しかったのを覚えている。そこからしばらくはオイルタイマーを使う人間だと思われていたように感じるが、使ったのはこの日が最初で最後だ。この先あるかわからない。

    彼の出番が近くなるに連れて人の流れが変わり、浮き足立った。面白いものを見ることができて、わたしは幸せだと思った。

    わたし自身も、Twitterで会話をした方が実際に遠くから来てくださった、ということを初めて体験した。ありがとうございます。


7月16日 名古屋ボトムライン

【未確認フェスティバル2018 ライブステージ】

    これが終わってから、わたしは自分のことをベテラン(ここでは、上手さではなく年月を重ねたという意味のみの)だと勘違いし始めた気がする。急に熟れるはずはなかった。急に熟れるはずはなかったからこそ、後々のわたしが「やり遂げた!」と思ってしまうくらいの意気で臨まないと、若者ばかりの箱の中で堂々と歌うなんて無理だったのかもしれない。そもそも堂々としていただろうか。ちなみに、15歳になってから始めてのライブだった。

    急速にやるべきことが迫ったように感じて、まだ始めたばかりなのに…と何度も思ったが、「動きながら歌う」ことを覚えたところで、わたしは割と満足してしまった。結局は、動揺するのが一番よくないというのが結論だった。

    ちなみに。平行物販を行なってはいたものの、最後にも物販の時間があった。フライヤーしかないわたしはあの暗闇の、もわっとした興奮冷めやらぬ感じの中、何故か捨て身で「フライヤーを貰っていただけませんか」と叫んだが、実際貰ってくださったのは2人ほどだった。押してだめだった。(今思えば完全にマッチ売りの少女だねわたし)

    そういう一瞬の高ぶりがない限り、わたしはいつも性分上、どうしても引いている。


7月22日 浜松地域情報センター

【New style live 塔 vol.2】

    有料ライブに出演したのは初めてだった。まんまと彼の恩恵を受けられたわたしが、それをひしひしと感じたのはこのライブだ。さすがに目の前に、派手に口パクをするお客さんがいたのは初めてのことだった。はずだ。確実に変わった、ということがわかった。正直、わたしよりその人の方がわたしの歌詞に詳しいらしかった。

    売るもののないわたしが、並んでくださる方にフライヤーを渡しひたすらにサインを書き続けたことも思い出だ、そんなことはあの時しかない。ありがとうございました。上記の16日はサインどころか、フライヤーを持ち帰っていただくことにすら失敗した。最近はフライヤーを配ることもしなくなった。


7月29日 Pops倶楽部

【Hamamatsu Sounds】

    これまた今までとは違う雰囲気だった。イベント自体も、場所から受ける印象も、とにかくいつもと違った。シンガーのみのライブというのが今までになかったことだったからかもしれない。楽器を持たない。こういうライブをする方がいるのか、と新鮮で、とても興味深かった。それまでわたしの周りには踊る人がいなかった、あんなに動きながら歌うだなんてどうなっているんだろう…と真剣に考えてしまう。

    16日から、わたしは「舞台上で動く」ことを覚えたのだったが、小さめのステージにそれはできなかった。踊る方がよっぽど動いているが、踊りは場所を移動しなくてもできる、わたしの「舞台上で動く」は左右に動くので、場所によってはできないらしかった。しかし何にしても見た目が良く、わさわさとしていた。


8月16日 高円寺HIGH

【平成サウンズショー】

    正直、場違いかとも思った。バンドさんばかり出演するライブにわたしだけ1人、という機会はこの後にも訪れるのだが、東京の、初めて訪れる高円寺のライブハウスがまさか、あんなに若者で盛況するとは。当然と言えば当然かもしれなかったが、わたしはそんなこと知らなかった。出番前に古着屋でも、と思っていたのだが、楽器を掻き鳴らす人たち、そしてそれに共鳴するように手をあげる誰かを想像して、そううきうきとしている場合でもないなと思った。

    舞台に立っても緊張は残ったが、広いそこが楽しくて、ふらふらした。

 

 

2018/men①でした。③もあります。ないかもしれないと言ったのに。