諭吉佳作/menたち

書きたいことを書きたいように書くかもしれないし書かないかもしれません

夢 (昼) in 2019.8.13 のメモ

そのつもりはなかったが就寝〜

 

    食卓に美味しそうな料理が並ぶ中で、大きな生のトマトが二つ置かれていることだけが気がかりだった。トマトはあまり得意ではない。しかしその二つがわたしのノルマであることは明白だった。何より、そのトマトのうち一つは目を見張るほどの緑色だった。もう一つは健康的な赤色なのに。その二つのコントラストは奇妙で、ピーマンのように緑色のトマトはグロテスクで、どうしても食べられなかった。


    いつの間に、増田さん(仮名)の家にいた。増田さんは県外に住んでいて、そもそも増田さんの家に行ったことはなく、家族を見たこともなかった。

    お邪魔してすぐに、わたしはお手洗いを借りたくなって、増田さんの親であろう人に向かって「お手洗いを借りても……」と呟くと母親であろう方が対応してくれて、一つの扉の前まで案内してくれた。

    その扉を開けると前左右にまた扉があり、どれを開ければ便器に辿り着くのかわからなかった。しかしその扉の配置はわたしの自宅とまったく同じだったため、根拠もなく、自宅と同じように、前の扉を選んだ。すると案の定そこに便器があり、なんのために便器にありつきたかったのかはもうわからなくなっていたが、わたしは非常に安堵した。

 


    いつの間に帰る段になって、玄関で靴を履こうとしていたが、目の前に例のトマトが現れて、これを食べなければ帰られないという雰囲気になった(実際にそんなことを言われたわけではないし、そもそもその家の人に出されたわけではなく、急に現れた)。どうしても食べる気にはなれなかったがとりあえず緑色のトマトを持ち上げると、それは土で派手に汚れていた。怖くなって皿ごと持ち上げると、泥を纏ったわたしの靴もそこに一緒に置かれていた。

    何が何だかわからなくなり、いつの間に(この夢にはいつの間にが多い)横にいたわたしの姉とともに、どうして帰ろうかと相談していた。

    途方に暮れるわたしに、ここで姉以外の唯一の知り合いである増田さん本人は、わたしの存在に気がついているのかいないのか、奥の奥の部屋で何かの演技をしていた。

 

〜起床

 

 

測るな

でん、

電車が止まっている、

 

 

   他の客も周りの広告もまったく目に入らないほどドアに近付き、わたしはなんとかこの寂しさをポジティブに思おうとして、キーボードを打ち始めた。

到達できない可能性ある/行き先を変更する場合がある

    そうですか……まさか、こんなことになっているとは思わなかった。

    停車している間、ただぼーっとしていればよいので、その"待ち"をそれほど苦痛に思うわけでもないが、何に腹が立つかと言うと、止まっている電車を見て何も思わなかったことについてだ。

    乗り込む時、まだ発車予定時刻まではだいぶ時間があって、「だから発車まで停車してるんだよな、そりゃ停車してるよな、発車時刻まで時間があるから、停車してるよな」と思って、乗り込み、空いている席があったのに、ドアの際の際を陣取り、あくまでそこまでは電車に1人で乗り込むスタイリッシュな人間として、息を吸っていた。あの時既にこの電車の遅延は決まっていたはずで、じゃあ、なんで誰も教えてくれなかったんだろう!

    わかっていたら、確実に座っていた。わたしには体力がないので、すぐに疲れる。

    しかも、大雨の影響で、だなんて言うが、こっちでは一滴だって降っていない。もちろんこの先の駅では違うというのはわかるが、わかりやすく理由を示してもらえないと、怒りたくなってしまうのだ。

あ、LINEが来た

ほっとする。他者の介入。

    -アナウンス-

    アナウンスによると、途中駅まで運転を再開するらしい。しかしその先はどうなるかわからないとのことだ。恐ろしい文章だ。

ウワッやばいLINEが来た!周りの乗客にニヤニヤを見られたらまた引かれてしまう!

ううん、きっとそのために際に乗ったんです……

 

そして今わたしが何に一番腹を立てているか。電車の中で暇だったからと言って、わざわざ腹を立てているふりをして、こんな文章を書いていることだ。別に電車が止まっていても、本当は、そんなに、何も、思わない。座れなくても疲れるだけで、まあそんなには……

    わざわざ頑張って怒って暇つぶしをするのはちょっと疲れるので、中断します。

 

    途中駅に到着。わたしの目的はまだまだなんですが……

あ、この駅、雨降ってる

 

22時49分〜の追記

    新しいアナウンスがあるたびに、その進展の皆無により危機を感じた人々がぼつぼつと電車を降りていく。ここまで発車を待ち続けた電車を降りるのは、どんな気持ちだろうか……。かくいうわたしは、「立ちでがちがちになった腰を車内でほぐせます」くらいの隙間ができてきたことに喜びを見出そうと、頑張っていた。

    わたしは腰を折り曲げた。それはただ痛む腰を柔らかくしようとたのでもあり、そしてこの世にあり得るすべての安寧を祈ったのでもあった。流石に本格的に疲れてきた。

    電車は微動だにしない。これは比喩だ。「微動」は、確実にしている。空調だって照明だって、全部微動だ。ただそもそもこの微動だって、意味があるのかないのか、わからない。この際、車内の照明が消えていても……それは流石に我々の不安を煽り過ぎるか。

    だんだんと降りていく人々が、「真実を知る者」に見えてくる。我々(電車に乗り続けるわたしと周りの乗客を勝手に一括りにする)は善人が故に悪をも信じ続ける愚かな民衆で……あ、わたしの後ろにいらした方が、離脱者により空いた広いスペースへ移動したので、わたしはしゃがんでのストレッチが可能になりました。

 

急に画面が消えて恐怖しましたが、家族からの着信とわかり、でしたから、ホームへ降りました。

 

    あ!わたしが立っていたスペース、電話している間に、とられてしまいました。しかし家族が向かってきてくれているそうだ。ありがたすぎる。

 

-アナウンス-

    アナウンスによると、線路点検をしているらしい。運転再開見込み、相当遅い。しかし、その点検が行われなかったらもっとひどいことに……ありがとうございます。ご苦労様ですわ、こんな遅くまでいらいらした客に優しくアナウンスしてくださって。優しい声に安心する。しかしこの安心は家族が迎えにくるという自信や余裕からきているものだろう……あ、前の人が降りた。

    家族が迎えに来てくださるらしいから、わたしはきっとこの電車を降りればいいのだろう。なんか、降りられない。

 

23時18分〜の追記

   家族と連絡し、車両を降りることにした。わたしのいる駅に着いたそうだ。

    もしも家族が飲酒していたら、iPhoneの充電が切れていたら、とんでもない恐怖感だっただろう。本当にありがたかった。たまたまの状況に恵まれた。

   ホームを出る階段にも、絶望的だという体勢で座っている人が複数いた。その間を、少しの罪悪感を感じながら通り、改札を出て、迎えの車に乗り込んだ。

 

    ワイパーが雨を跳ね除ける。なんだかわたしは急にいろんなことに感謝をした。

夢 in 2019.5.30 のメモ

2019年5月30日にみた夢のメモ。

 

 

就寝〜


    自宅のテレビでプリキュアを観ていた。どうも、現実世界のわたしが熱心に観ている「スター☆トゥインクルプリキュア」とは、キャラクターや作画などが違っていた。わたしは、「プリキュアって、一年に一回のペースでシリーズが変わるのではなかっただろうか、いつの間にかスタプリは終わったのかな。やけに早いな」と考えていた。(その夢の世界で「スタプリ」の存在が抹消されているのではなく、わたしの意識の中に「スタプリ」が強く印象付けられているその上で、別のシリーズが始まっていた。)

    そのままぼうっと眺めていると、それが「Yes!プリキュア5」だとわかった。流れていたのは、わたしにとって初めてのプリキュアだった。懐かしみながらそれを観ていた。しかし随所に違和感があり、注視すると、その作品は大人になった(実際に何歳なのかを知ることはできなかったが20〜30代と思われる)登場人物たちを描いた作品だった。彼女らは10年後もしくは20年後に、それぞれが自分の立場を持つ中で、再びプリキュアとして集結し、敵と戦うことになったという。

    わたしが幼い頃に観ていたものと比べると、かなり大人びた顔立ちになっていた。その時流れていたのは戦闘シーンだったのだが、彼女らは明らかに「疲弊」という表情であった。台詞にも昔ほどの気迫はあらず、現実感のあるものになっていて、諦めすら感じられた。

    わたしは、大人になるってこういうことなのか……と虚しくなった。


〜起床

 

 

 

●メモのメモ (記憶の根源を手繰る考察と補足)


初めてのプリキュア

わたしのプリキュアとの付き合いは、「Yes!プリキュア5」に始まり、「フレッシュプリキュア!」で、一時的に終わりを告げた。(そういった見始める時期と離れる時期には、典型的とされる期間があって、わたしは結構それに当てはまっている。)「Yes!プリキュア5」の次のシリーズも、ほとんど登場人物の変わらない「Yes!プリキュア5GoGo!」だったので、かなり印象が強い。とは言え今夢に出てきたことについては、よくわからない。

 

 

 

はかるな!

夢 in 2019.5.14 のメモ

2019年5月14日にみた夢のメモ。

 

 

    死刑を科される夢をみた。冤罪だったような、半分くらいわたしも悪かったような気もするが、とにかくわたしは相当生きたそうだった。

夢 in 2019.4.24 のメモ

2019年4月24日にみた夢のメモ。

 

 

就寝〜

 

一つ目の夢613文字、あまりに悲惨な内容だったので載せませんが確かにあったので、次の内容は二つ目の夢です

 

 

    二郎さん(仮名)と外国風(建物の外壁が煉瓦であったり、全体的に見栄えの赤茶色っぽい)の道を歩いていると、急に二郎さんがわたしに「知っている?」と尋ねてフランス・ギャルを歌い始めた。一瞬、わたしはわからずにフリーズしたが、すぐにそれが「(フランス・ギャルの曲名)」だと理解して一緒に歌い始めた。

    少し歩いた先に市川さん(仮名)が待っていて、(わたしはこの時、「市川さん、会わない間に顔が変わったな」と思っていた。現実とは少し顔が違った。)市川さんはわたしたちの姿を認めると「あっ」などと軽く反応をした。

    彼は自身の腕をぶわりと持ち上げ、体をくねくねさせて、それから地面になろうとでもしているかのように道に寝転んだ。それは駄々をこねるような様子へ変わり、彼は次第に何かを嫌がり始めた。(嫌がる対象は重苦しい内容ではなかった。)彼も疲れているのだな、そっとしておきたい……と思いつつも、単純に道路に寝そべっていることは問題であるから、どうにかしなければと思っていた。

 

〜起床

 

 

●メモのメモ (記憶の根源を手繰る考察と補足)

 

二郎さん

仮名。友人。彼女と フランス・ギャル の話をしたことはない。

 

フランス・ギャル

好き。この日の夜、車の中でアルバムを聴いていたからそれがそのまま出てきた。

 

フランス・ギャルの曲名

これ、本当は、起床直後のわたしは覚えていた。夢の中の二郎さんがどの曲を口ずさんだのか、それはもう明確に覚えていたのだが、書き留めなければ!と思った時にはもう忘れていた。

 

市川さん

仮名。友人。忙しくされている。

 

 

 

おわり

深層心理を

はかろうと

するな

夢 in 2019.1.10 のメモ +みつめる

2019年1月10日にみた夢のメモのスクリーンショット

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(Twitterにて再三「これは絶対にあげてはいけない」と言い続けた1月10日の夢です。大した夢ではない。

次の夢を上げたときの時系列の整列ための保管。の、の、の、の……)

 

 

 

起床後、夢を覚えていられて、その上で書き記してあげられる機会というのは非常に貴重である!わたしこれが悲し嬉しいね……😂

みつめる  (思ったことから順に)

    最近では、夢を見ることすらなくなってしまった。いや、もしかしたら実際には見ているのかもしれなかったが、それを文字に起こせるほど記憶していられることはめっきり減ってしまったと感じる。

諭吉佳作/men on Twitter: "久しぶりに文字にできるような夢を見られた 最近は夢が枯渇していたので嬉しい"

    夢の仕組みみたいなものはまったく知らないし、興味も湧かない(基本、わたしはそういった医学的/科学的、根本にある理屈などを知りたがることができない。)のだが、そもそもわたし、夢が大好き!

    「わたし、夢が大好き!」だから、夢の実感がないこの頃を不安に思っていた。

    純粋な非日常は夢の中にしかないと思っている節がある。最後に頼りたい発想源は夢の中だけにあって、それ以外から出てくるものは全部夢には劣っていると思っている。

    わたしが頑張って考えたわけじゃないのに、勝手に夢は面白い。その上、わたしのものとして話すことができる。なぜか、わたしの夢はわたしの手柄らしかった。

    起きている間に自分が想像できることは限られているし、整理をつけられる頭で何を空想したとて「こんなものはきっとつまらない……」とすぐに切り捨ててしまうが、夢というのはそもそもおかしくて、変で、本当に嫌だったり本当に嬉しかったりするから無条件に面白い(……というのは従来の話で、最近は面白い/面白くない以前にみることすらほとんどないのだが、でもだからこそ、たまにみて、覚えていられた夢がとてつもなく嬉しい。それが別段面白くない夢でも、何か意味があってここに書き記しているのだという気持ちになるし、「自分でわざわざ考えた」のではないから、そもそも面白くなくても許される気がする)。

    面白い夢をみられた日は、「わたしの脳は枯れてなどいなかった!まだ自由な出し入れが効かないだけで、ここには豊富な情報が眠っているのだ!と思う。実際にはどうなのかわからないが、そう思って生きている。

諭吉佳作/men on Twitter: "夢に大きな可能性を抱くことが多い(反対に怖い夢はいつまでも引きずるし本当に苛まれる) わたしの発想源のありかは最終的には眠っている間の夢にしかないのではとすら感じるから、最近は恐ろしかった"

 

    ブログでは、みた夢を書き出した後、登場したものの出自を考えている。どうして夢に出てきたのかを予想する。昔はなんの脈絡もなく登場するモチーフが多かったように思うが、最近は、その日接した人がそのまま夢に出てきたりする。だから予想が簡単だ。ただこれは夢が枯れて単純化しているとも取れるし、何よりこうして安易に「発想源」の発想源を解くことは、わたしの夢への憧れを、夢と現実の間にあった薄く白い膜を、取り去ることかもしれなかった。

夢 in 2018.11.22 のメモ - 諭吉佳作/menたち

 

    少し前のわたし、怖い夢をみたくなさすぎて、頑張って夜をひたすらに起きていた時期があった。それはだんだんと派生して、夢だけでなく眠ることや夜自体が嫌になってしまった。朝がよくて、普通に生活をしても、夕方から恐ろしくなり始めて、夜を想像しては本当に何処かに消えてしまいたいと思い、ついに夜が来て、しっかりと眠気があるのにもかかわらずそこで寝ることはできずに、というより絶対に眠りたくない!と思っており、明るいテレビをつけて気分を変え、しかしカーテンの外が黒であることを想像してまた気が滅入り、なんで夜なんか来るんだ!暗いなんて不便だろう!怖い!誰も夜を望んでいない!眠るのもおかしい!その間自分で行動を制御できないだなんて狂っている!最悪だ!怖い!この瞬間、この国に住む多くの人間が部屋を暗くして、布団に入り、目を閉じ、自由でない頭の中で変な行動をしている!怖い!誰も望んでいない!望んでいない!と思い、時計を何度も確認し、うとうとして、でも寝たら死ぬ!と思いながら(絶対にいけないが)ミンティアを食い、画面ばかり見ていたらよくないわと急にブルーライトを気にして絵を描き始め、でも頭も働かないし眠いし眠りたくない………………………今のわたしはそれをしばらく味わっていないから、こんな余裕なことが言えるのだ。というよりは、悪い夢も良い夢も平等に尊いと思い込もうとしているのだろうか……と思ったが、わたしはいまだに、眠る直前にたくさん愉快な音が鳴っていないと眠れない、わかりやすい光源がないと眠れない、「眠る部屋」という趣の場所では眠れない。わたしは休養を取ろうとしているだけだ。眠るなんて……でもそこに夢は?

 

    にしてもやはりここ最近の夢の枯れ方は深刻で、夢をみているのかいないのかわからないし面白くもないしようやくみたと思ったら悪夢だったりもする。夢を恐ろしく思っている人を見ては、わたしも悪夢を思い出す。夢は自分で整列をさせられないからこそ面白く、恐ろしい。

夢ってなんなんだ、多分調べればわかるんでしょうし調べないし全然知りたくないし

【→→】タイル

【前提】

正規 : タイル

tile

タイル

 

 

 

緑ですか? 
 
私?とんでもない ...
 
戻ってください。あなたは緑色ではありません。
 
こんな言葉があります。あなたは言いました。私は言われません。さようなら。
 
家に帰らないで!ああ、私はそこに行きました......私はフォローしていません......